「老害」もあれば「若害」もあり (2009年11月号)

 

 民主党のキャッチ・フレーズ「政権交代」が達成され、メディアの関心は新内閣の人事、攻防に移った。本来ならば大きな話題になるはずの自民党総裁選挙は、その陰に追いやられ、地味な扱いになっている。その中で伝わってくるのが、使い古された、変わりばえのない「世代交代」。これでは多くの関心を喚起するのは到底無理なのだ。

 皮肉なことに、「政権交代」「世代交代」を叫んで、与党に変身した民主党の閣僚人事が、蓋を開けてみたら平均年齢が前内閣より2.5歳高かったことである。それに民間人の起用もなく、女性もたった2人。これが自民党政権だったら、メディアがこぞって叩く「高齢」「お友達」「論功褒賞」「女性蔑視」となる。「派閥」も自民党なら諸悪の根源。民主党の場合は「グループ」とソフトな語感で、小沢グループ150人だろうが、なんだろうが、誰も何も言わない。日本は本当に言論自由の国で、公正な報道がなされているのか、疑わざるを得ない。

 新内閣の最高齢は藤井裕久(77)。引退を表明したが、鳩山代表(当時)に乞われて、比例代表で当選し要職に就いた。なぜ鳩山なのか。小沢に絶対のロイヤリティを尽くしていた姿を見ていたが、この経緯についてもメディアは詳細を報じない。

 藤井裕久蔵相との出会いは新幹線の中であった。自由党が小さな所帯で、国家観が真っ当だった頃、私は、テレビの発言の際、折にふれて自由党にエールを送っていた。勉強会にも二回出かけ話をしている。グリーン車で偶然に前後の席に座っていたが、化粧室に向かうため後方を向いた途端、秘書だった方と同時に立ち上がり、「いつも応援ありがとうございます」と丁寧にご挨拶下さった。政治家とはかくも情報を把握し、気遣いに余念のない職業であることを実感させられた場面である。当方はある意味では、たまたまテレビで発信する機会を与えられた、駆出しの存在である。相手は大蔵官僚出身の、大蔵大臣経験者。格からいえば雲泥の差がある。それでも政治家と評論家の立場では、常に政治家の方が腰が低い。すっかり恐縮して返礼する破目になった。

 その後、日台交流サロンのパーティにもお誘いし、さくらチャンネルの「金美齢の美味しい仲間たち」にもゲスト出演して頂いたが、残念ながら民主党と合流後は疎遠になっている。

 藤井蔵相は終戦直前、人材育成のため、国が集めた「日本の将来を背負って立つ天才少年」の一人だった。そのプログラムには亡夫の指導教授、大越孝敬先生(故人)や、平川祐弘・東大名誉教授も参加していた。「余り理数系の勉強をギューギューやらされたので、すっかり嫌気がさして、英文科に転向しました」と平川先生が笑いながら述懐していた。現在も比較文化の権威として精力的に発言し、著書を上梓なさっている。故大越教授は電子工学のリーダー的存在として嘱望されていたが、惜しくも東大定年後間もなく、世を去った。

 敗色濃い当時、将来を見すえた長期的展望ができる指導者がいた。他にどういう若者が集められたのかは知らない。たまたま身近にそういう経歴の人がいたのである。選ばれた者全員が、その後いっぱしの人材に育ったかどうかは分からない。脱落した者もいただろう。それはそれで自然である。

 戦後この方、日本はエリート教育はタブー視されてきた。自由平等社会に反すると烙印をおされてのことである。結果、ドングリの背比べ的金太郎アメのオンパレードになった。この度の選挙戦で誕生した「小沢ガールズ」やその他の新人を見ていると、「世代交代」の危なっかしさを痛感する。

 リーダーを育てるためには、先ずそのキャパシティを持った人材を集めることだろう。前述の試みは知能指数の高い小中学生を全国から、と聞いた。教育プログラムは周到かつ弾力的であるべきだ。長期的な視野の下でじっくり鍛えられた者だけが国政のスタート・ラインに立つ。ズブの素人が突風で送り出されて、税金を年一億円消費しながら「勉強します」「育てます」は、納税者として納得できない。

 民間では松下政経塾が松下幸之助の先見の明により人材育成しているが、利息ゼロの影響で予算が減少、最近は定員が一桁に減らされたらしい。残念だ。

 77歳の大ベテランをメディアはキーマン、扇の要と持ち上げている現状。「世代交代」など、危なっかしくて見ていられない。「老害」もあれば「若害」もあることを忘れないでほしい。

ページトップへ