中国の台湾併合という事態に至れば・・・ (2003年05月号)

 

 世界を見る日本国民の目が、ほとんどイラクと北朝鮮に釘付けになっていたこの半年ほどのあいだ、日本のすぐそばで新たな国際危機の火種が密かに燻っていたのだが、気付く人は少なかった。台湾の陳水扁総統の再選に黄信号が点りはじめたのだ。

 台湾志向の陳政権が負けるということは、中国志向の国民党が再び天下を取るということである。これは民主主義国家における普通の政権交代、例えば アメリカで民主党が敗れ共和党政権になるということとはまるきり訳がちがう(この場合、次回の選挙で民主党がもう一度頑張れば良いだけの話だ)。

 中国国民党は、中国共産党と同じく、原理的に一党独裁体制の上に立つ政党である。彼らは党歌を国歌とし、党旗に似せて国旗を作り、野党の存在を許 さず、国会の改選を行わず、38年間もの長きに渡って戒厳令を敷き、多数の反対者を投獄・処刑してきた。選挙による平和的な政権交代などおよそ考えられな い政治体制であった。

 それでは、前回の2000年の総統選挙で陳水扁の勝利はなぜ可能だったのか。原因はおおよそ2つ数えられる。1つは、国民党の体制内にいた李登輝 という稀代の人物が、2000年までにさまざまな民主的改革を実現させ、全民直接投票による総統選出というレールを敷いてくれていたこと。いま1つには、 国民党内の不満分子宋楚瑜が離党して総統選に出馬し、国民党の連戦と票を争ったため、陳水扁が漁夫の利を占めることになったということだ。

 次回の総統選は2004年の3月で、ほぼ1年後に迫っている。これまで陳水扁再選が比較的楽観視された背景には、立候補が予想される陳・宋・連3 者の前回の得票率において陳が1歩リードしていたという事実がある。さらに2001年の立法委員の改選においてグリーン陣営(台湾志向の民進党と台聯)が 議席増となったのに対して、ブルー陣営(中国志向の国民党・親民党・新党)が全体として議席を減らしたことも、陳の声望を一段と高める結果となっていた。

 しかしここへ来て、陳再選に黄信号が点りはじめたのは、昨年暮の台北市長選でグリーン陣営の候補が国民党の馬英九現市長に大差で敗れたばかりか、 グリーン陣営の金城湯池である高雄市でも民進党の現任市長が僅差でやっと再選されるというショッキングな出来事が契機となっている。この間の民心の移ろい は、第一義的には、止めても止めても怒涛の如く奔流する中国大陸への資本投下と企業進出の結果である。これが台湾島内産業の空洞化と失業率の増大を生み、 折からの世界的な不景気と株安とも重なって、陳施政への不満と、相対的にブルー陣営に対する幻想と期待を抱かせる事態を招来した。

 このような状況の中で、この2月、ブルー陣営は総統に連戦、副総統に親民党の宋楚瑜を立てるという超党派的な「連・宋ペア」の構想を発表して、政 界に新たな衝撃を与えた。連と宋の宿敵的関係は台湾では知らぬ者のない有名な事実だったからである。前回の選挙のときも、連が宋の汚職を暴き立てて後者を 落選に追いこんだ経緯がある。2人とも単独では陳水扁に勝てないが、ペアを組んだとなると力は侮れないものがある。

 しかし、ここで馬英九が噛んでくるから事は複雑になる。ハンサムな馬は女性間に抜群の人気を誇る"フェロモン候補"として知られ、国民党内で彼の 出馬を促す声は大きい。しかし国民党主席の連が出馬する以上、馬は出られない。人気のない連は国民党の票だけでは勝てないから、仇敵でも親民党の宋を引き 込まなければならない。一方、宋は人気抜群の馬と組んで、遥か後輩である馬の下風に立つことを潔しとしない。要するに連・宋・馬は"3すくみ"の状態にあ り、「連・宋ペア」はそれぞれの党内での整合がうまくとれていないので、陳総統の対戦相手が最終的に誰になるのか、また選挙結果がどう出るのか予断を許さ ぬものがある。

 ただ一つ確実にいえることは、選挙の結果がめぐりめぐって中国の台湾併合という事態に至ったら、中国は台湾の東海岸に潜水艦基地を作って(浅い東 シナ海沿岸では出来ない)、日本のシーレーンを抑え、西太平洋海域で米国と真向から対峙することになろう。そのとき日本は、今回のイラク戦争の場合のよう に、日米同盟を堅持して中国と対決するか、それとも中国の属領化するか、厳しい選択を迫られることになろう。

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