理不尽な事態には筋を通す (2003年04月号)

 

 目にした方も多いと思われるが、2月13日号の「週刊文春」に「朝日新聞拉致報道徹底批判」と題する安倍晋三官房副長官の文章が出ている。拉致問題につ いての論調を安倍氏に批判された朝日が安倍批判の社説を書いたのに対して、同氏が反論した内容である。安倍氏の所論は、客観的に見て、普通の道理感覚に終 始即した公平な正論で、これに説得力のある再反論を加えるのは極めて難しいのではあるまいか。そもそも拉致被害者の子女を返そうとしない行為に、どのよう な正当化が可能なのか。まさか「国交折衝用の人質」だと身も蓋もない事をいうわけにもいかないだろうから、やっぱり筋の通らぬ庇い立てはやめたほうがよ い。

 拉致問題に立ち入るのが本文の主眼ではない。実は安倍氏の反論を読んでいるうちに、かつて私も同様の思いで同様の行動をとらざるを得なかったこと を思い出したのである。今から13年ほど前のことである。私が投稿したのは同じく「週刊文春」、反論した相手も同じく朝日新聞。さらに奇妙な一致は、安倍 反論の中の「落としどころ」なる珍妙な言葉が私の場合にも便利至極に飛び交ったことだ。

 平成2年7月24日の朝日新聞に、東京、名古屋などの日本語学校16校のリストが掲載され、上海市がこれらの学校を志願する中国人学生に対して旅券の発給を停止する措置を決めたとの記事が出た。これについて同紙はほぼ次のように解説した。

 「これらの学校は上海市内の若者を募集して入学金の払い込みを受けていながら、後に水増し募集や施設不備などの学校側の問題で若者の大部分が法務省入管局から就学許可が得られなくなったのに返金を怠っていた。」

 この学校リスト中に、当時私が校長をつとめていた日本語学校が入っていたのである。私は怒りで飛び上がった。私の学校に関する限り、この解説記事 は100%デタラメである。私たちは数少ない都知事認可の学校法人で、認可の時点で設備・定員・教員資格についてお墨付きをいただいており、その後「水増 し」や「施設不備」などの指摘を受けたことは無い。それに第一、上海を含めて中国で学生募集したことも学費を事前納入させたことも無い。こんなことは新聞 社ならすぐ調べがつくだろうに・・・。

 中国人が入管局の就学許可が得られないのは、学歴証書の偽造・保証人資格の不備・調査書の不実記載などが主な原因である。こんな場合、事前納入さ れた学費などを返さない悪徳学校が当時かなり多数あった。そこで上海市は以前からC係官を各地の学校に派遣して、このような学費を「回収」してまわってい た。問題記事を書いた朝日のS記者は、C係官の露払いの役をつとめていた人物だった。

 上海からVIP(S記者の表現)が訪ねてきて、いきなり「金返せ!」と言われて、多くの学校は困惑した。しかし身に覚えがなくとも、学生の旅券を出さぬと脅かされれば、学校経営の死活に関わることだと、幾許かの金を包んだ学校もあったに違いない。

 そんな謂れのない金は、私はビタ一文出さなかった。第一、上海市政府がなぜ「取り立て屋」の真似をするのかが解せない。「うちが出した領収書があ るなら、それを持ってきてから言って下さい」と答えたら、C係官は「しかるべき処置をとる」と捨て台詞を放った。その結果が朝日の記事となったのだ。

 私はすぐ朝日新聞広報室を通じてS記者に学校の諸経費納入システムの説明資料を送付し、調査した上で訂正記事を出すことを要望した。ところがS記 者は「後追い記事を書いたら、おたくの学校が恥の上塗りになることもある」と逆に脅しをかけてきたのである。そこで、私が意を決して書いたのが「朝日の 『歪曲報道』私は断固戦う!」である。(「週刊文春」平成2年9月6日号)

 当初7校が私と共同戦線を誓っていたが、A校は36万円、B校は120万円を上海に渡して、「腰抜けです」と自嘲して降りてしまった。私にも「落としどころ」を考えるよう「忠告」する弁護士もいたが、私たち一校だけ最後まで姿勢を崩さなかった。

 その後上海は私の学校の志願者だけに旅券を停止すること13年間。しかし約半数の学校が潰れた中で当校は今なお健在、順調に発展している。

 理不尽な事態に対して「落としどころ」を考える人と、筋を通して戦う人とがいる。政治や教育に携わる者は須らく後者でありたいものだ。その意味で、安倍副長官に謹んでエールをおくりたい。

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