台湾総統選挙で思うこと (2004年04月号)

 

 2月下旬の現時点で台湾の総統選挙の帰趨は未だ予断を許さぬものがあるが、この一文が読者の手元に届くころには、台湾にとっては未曾有の国際的関心を呼 んだこの運命的選挙もちょうど決着がつくはずである(3月20日)。選挙を論じる者の立場としてはこれはまことに具合の悪いタイミングであるが、今の時点 での所感を卒直に書きたい。どうせ、勝っても負けても私の主張の本質が変るわけではないし、それに、開票した後になって賢しらに"結果論"をぶつ人間とい うのも嫌味なものである。

 この選挙の一つのポイントは昨年11月に台湾立法院で可決された公民投票法で、これ に基づいて台湾政府は本年3月20日の総統選挙と同時に公民投票を実施し、台湾防衛強化の是非を全国民に問うことを決定した。因みに中国は長年にわたって 台湾への武力行使の意図を表明しており、現実に台湾へ向けてミサイル496基を配備している。この公民投票に中国が強烈に反対したことが契機となって、以 下述べる幾つかの情況が次第に明確化してきた。

 一、台湾問題の国際化 
 台湾人はちっともそう思っていないのに、中国は一貫して台湾は国内問題だから他国の容啄は許さないと強弁してきた。つまり家庭内の問題だから他人は口を 出すなという、DV(ドメスティック・バイオレンス)を正当化する便利な理屈だ。中国には「関門打狗」(自家の門内に閉じこめて犬を叩く)という熟語で表 現される発想があって、かつてウィーグル人やチベット人はこれでひどい目にあった。香港を自家薬籠中の物とした後も同じ手口を使おうと試みたが、国際的大 都市香港は世界の秘境チベットとは訳が違う。人知れず犬を叩くことなど不可能なので、試みは失敗した。台湾の場合は武力で嚇す以外は現実に何の方法もない のだが、それでは台湾独立派を有利にするだけだと過去2度の選挙経験が物語っている。そこで、策に窮した中国はもう形振り構っておられず、ブッシュ大統 領、シラク大統領、そして日本の(誰かは知らない)お偉いさんに頼んで、住民投票をやめるよう台湾に圧力をかけてもらった。彼ら自ら、台湾に対する諸外国 の内政干渉を求めたのである。かくして、台湾を内政問題とする彼らの主張は自己破産した。

 二、底が割れた大嘘 
 中国はつねづね、「台湾独立派は一握りの反動分子。大多数の台湾同胞は中国への統一を願っている」と言いつづけてきた。もしそれが本当なら、住民投票は 彼らの言い分を実証する絶好のチャンスでありこそすれ、これに反対する理由などないはずだ。実際に彼らが住民投票を蛇蝎の如く忌み嫌うのは、これによって 長年の嘘がばれて面子を失うことになるからだ。世の中には一時の思い違いが原因の悪意のない嘘というものもあるが、この場合は嘘を百も承知で長年吐き続け た嘘である。さすが「嘘で塗り固めた」という形容詞がぴったりのお国柄だ。

 三、民主主義の完全否定
 住民投票は台湾独立へと導くから反対だ、と中国は言う。「独立派は一握り」と言い続けてきた同じ口でよくもまあこんな矛盾したセリフをと呆れるばかりだ が、そんな事に頓着しない"強さ"が中国人の中国人たる所以であろう。もし多数者の自由な意思表示に従って政策を決定するのが民主主義というものの真髄な ら、中国の吐いたこのセリフは民主主義の完全否定に他ならない。もとより私は中国が民主主義国家などとはこれっぽっちも思っていないが、彼の国のそんなは ちゃめちゃな言い分に肩を持った米国、フランスそして日本という国々の不見識に私は驚いている。

 四、同語反覆の幼稚性
 日本の某政党の党首だった人物は、「ダメなものはダメ!」のセリフで有名だった。これは論理学でトートロジー(同語反覆)とよばれる物言いで実は何の説 明にもなっていない。中国も同じことで、「台湾独立だから」を万能膏薬のように何にでもくっつけて、反対の理由としている。そこで「台湾独立だから住民投 票に反対」というセリフになるわけだが、住民投票が実施できること自体が台湾が独立国であることを実証しているわけだから、これも単に「ダメなものはダ メ!」とヒステリーを起こしているだけなのだ。

 冒頭に述べたように、選挙の勝敗は予測がつかない。しかし現時点で確実に言えることは、住民投票という民主主義の正道が、496基のミサイルの引金に手をかけている中国を周章狼狽させたことだ。理が奈辺にあるかは自明のことであろう。

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