大国に阿らず、小国を侮らず (2003年03月号) |
「一匹の妖怪が日本国中を徘徊している─"恐中病"という妖怪が」。マルクス・エンゲルスの「共産党宣言」をもじれば、昨今の日本の世相はこのように言えるのかもしれない。
ここ半年来、このような思いを強くさせる事件が私の周辺に続発した。先ず昨年の8月、「日台断交30周年」にあたって台湾訪問を希望した自民党の水野賢一議員は、川口外務大臣にこれを阻止されたため外務政務官の職を辞任して訪台した。
11月には、台湾の李登輝前総統を慶応大学三田祭の講演会に招請するという学生団体の企画を、一部政治家・外務省・慶応大学の三者からなる"恐中の枢軸"が動いて、招請を撤回し、ビサの発給を拒否するなどの陰湿な手段を弄してこれを開催不能に追いこんだ。
同じくこの11月、私は都下立川市で開催される国際交流関係の行事において講演する予定になっていたが、講演会自体が突然中止になった。金美齢は 台湾独立論者であり、彼女に講演させるのは中国人に対する侮辱だとして、同市在住の少数の中国人からの抗議があって、主催団体がこれに応じたためであっ た。
さらに続いて11月、日本のさる大物政治家が台湾人の集会に招かれて講演する予定になっていたところ、これを聞きつけた中国人が中止を要求してきた。幸い、強固な信念でもって鳴るこの先生はこんな無礼な言いがかりを一蹴したので、講演は予定どおり行われた。
こうした事件は、昨年中国政府が台湾に対する「圍堵政策」を発表して以来、日本のあちこちで頻発している。ここで「圍」とは「包囲する」の意、 「堵」とは「遮断する」の意である。つまり、台湾人を"アパルトヘイト"の状態に閉じ込め、国際社会との接触をすべて遮断してしまおうと図る政策である。 今後このような政策の実施に基いて発生する事例はますます顕著になるであろう。
かくして今や中国人は、靖国参拝の是非や日本教科書の記述の善悪まで左右できるばかりか、日本入国ビサ発給や講演会開催の当否まで決定できる力を得るに至った。そのうちに、日本の総理大臣の選出にまで、中国の反応を気にする風潮が出てくるのかもしれない。
私がこんなことを想像するのは、年を越して今年の1月14日、小泉首相が突如靖国神社を参拝したときの一部新聞や"識者"の意見をとても奇妙に感 じたからである。首相の参拝を是としても否としても、それを原則として論じているかぎり、日本は言論自由の国なのだから、いろいろな考え方があってもよ い。しかし私が目にした意見の大多数は、原理としての参拝の是非ではなく、参拝のタイミングの適否を論じていた。
現在北朝鮮問題をかかえて、中・韓両国の協力を必要とする微妙な時期だから、靖国参拝はまずいのだという。それなら、昨年の首相参拝のとき新聞は何といったのか。「日中国交30年」を慶祝すべき折なのに、参拝は友好を損なう、と非難したものであった。
日中関係が微妙険悪な時期は避けるべし。関係順調な時期は時期で、折角の友好を損ってはならないのだという。それでは、首相はいつ靖国に行ったら よいのだろうか。彼らの頭の中にあるのは、日本人自身にとっての参拝の意義を問うことではなく、寝ても覚めても「中国はこれをどう思うか」という懸念だけ なのだ。これを私は「恐中病」とよぶ。
私は60年安保の前年日本に来たが、そのころの"革命前夜"のような空気の中でもろにサヨクをやっていた台湾人留学生S氏は、ソ連の経済力は20 世紀末には米国を凌駕し、その頃には日本は中国の属国になっているとの"予言"を、得意然と後輩留学生の間に触れ歩いていた。私はバカバカしいと冷笑して いたものだった。今となってみると、20世紀末にはソ連という国はもう存在しなかったのであるからS氏は間違っていた。しかし日本についての見通しについ ては、残念ながらS氏が正しいのかもしれない。昨今のような"恐中病"の猖獗ぶりを予想できなかった私が反省すべきは、日本民族の精神的強靭さを過大評価 していたことであろう。
願わくば日本人が民族の正気を瑞々しく回復し、「大国に阿らず、小国も侮らない」立派な国民となって、私の所論を杞憂と笑いとばしてほしい。