許せぬ李登輝氏への外務省の対応 (2003年01月号)

 

 先月の本欄では、「李登輝さんは日本に悪いことをしたのですか」と題して、台湾の前総統李登輝氏が過去何度も訪日を阻害された経緯について述べ、平成14年度の慶應大学三田祭への招請に応じて訪日する計画についても、すでに「妨害工作の気配が頻りである」と書いた。

 実際にはその時点で李氏の訪日阻止を企む魑魅魍魎の蠢動はきわめて活発で、さまざまな方角に触手を伸ばしていたのは分っていた。しかし私はひたすら李氏訪日の無事成功を願って、具体的人名への言及を避け、「妨害工作の気配」などと極力控え目に書いた次第である。

 しかし、あれだけ卑劣陰湿な手段によって李氏の訪日がまたもや阻止された今日となっては、これに関わった人物の名前や彼らの振舞いについて公表を 遠慮する必要を感じない。私はすでに内外の雑誌社数社の取材に応じているが、今後とも講演や執筆などを通じてこの問題を取り上げ、日本ともあろう国がこん な破廉恥な事をしてよいものかどうか、この国を本当に愛する人々に訴えていきたい。

 とは言っても、本欄は必ずしもそれに相応しい場ではないので、具体的事実の詳述は他に譲ることにして、ここではただ一点、李登輝訪日問題に関して多くの論者が気付いてないと思われる事実を指摘しておきたい。

 李氏訪日阻止を遺憾とする意見は、これまで私の目に触れたかぎり、ほぼ次の3点に集約される。

 (1)台湾の親日感情をリードしてきた李氏に対して大変に非礼な対応である。

 (2)自国への入国ビザの発給にまで中国の顔色を窺う外務省の卑屈な事大主義。

 (3)中国の不興を恐れ、自分の保身に汲汲とする余り学生に圧力をかけた一部慶應大学教授の醜態。

 いずれも正鵠を射た批判で、慶大教授については福沢諭吉先生が泣くぞと言いたいところである。しかし以下に述べる理由で、一部政・官界が演じた醜態はもっとひどいと言わざるを得ない。

 李氏の訪日計画が日本の新聞に初めて報じられた11月2日、北京からの外電が伝えるところによると、中国外交部のスポークスマンはこれに反対する立場を日本に対して表明し、さらに尖閣諸島は中国の固有の領土であって、李登輝の言論に反対する旨を述べたという。

 ここで何で「尖閣尖島」が唐突に飛び出してくるのか。実は少し前の9月24日付の「沖縄タイムス」のインタビュー記事で、李氏は「尖閣諸島は日本 の領土だ」と発言しているのだ。70年代以降、尖閣周辺の海底に石油の埋蔵が発見されてから、急にその領有権を主張しはじめた中国は、この李発言に異常に 神経をとがらせていた。李氏が日本に行くと聞いた途端、このスポークスマンは条件反射的に過剰反応して、同じ発言を日本国内でやられては敵わないと考えた のであろう。

 実はこの発言は李氏の一貫した考えであって、公職を離れた後の李氏から同じ意見を個人的に聞かされた日本の学者や政治家も少なくない筈だ。総統就 任中でさえ、尖閣周辺の漁業権は主張したが、領土権について言ったことはない。李氏が忌憚のない発言をしたければ、言論自由の日本にはそのような場を与え てくれるメディアはいくらでもあるのだから(例えば「サピオ」11/13号、「私が尖閣諸島を日本の領土と主張するこれだけの理由」)、わざわざ日本まで 来て言う必要も義理もなかったのである。

 中国のスポークスマンのこの"勇み足"は、かの国の国益に立つ外交官としてむしろ当然のことである。反対に世にも不可解なのは日本の外交幹部の反 応だ。彼らは北京の発言の意図を十分承知していながらその横車を容認して、日本の領土権の強力な支持者であり得る人物を締め出したのである。これでは、尖 閣諸島に対する主権を爭う気がないと受取られても致し方があるまい。国益の主張にだれよりも敏感でなければならない外交当局として、この度の李氏訪日阻止 の挙は、正に彼らのレーゾン・デートルを疑わせるに足る愚行である。

 「尖閣は日本領」と台湾で発言することにどれだけ勇気が要るかをよく知っている私には、李氏に対する外務省の失礼千万な対応はとても許せない思い である。「尖閣諸島に対してそんなに興味がないのなら、台湾に譲ってもらいたいものだ」と、嫌味の一言もいいたくなるのである。

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