日本研究の泰斗が憂慮する現政権のアマチュア度 (2010年01月号)

 

 鳩山政権が実施している事業仕分け作業が話題を賑わしている。体育館に設置された各ブースの責任者が、ここぞとばかりに精一杯の見せ場をつくっているが、文化大革命時代の紅衛兵が公開裁判で無辜の人民を吊るし上げていたのを連想させられた。

 スパコンの凍結は科学者たちの異議によって予算復活となったが、先端技術に対して、全くの素人が一時間で判定を下すリスクを一般人は想像できない。かつて亡夫が、理系の教育は一年停滞すれば、取り返すのに十年かかると言っていた。レベルの高い研究作業を停止したら、回復不能になる。

 10月29日木曜日、「東アジア市場統合への道筋 -日中韓平和構築ヘのロードマップ-」と題するシンポジウム(主催・京都大学経営管理大学院)が東京都港区の政策研究大学院大学で開催され、聴衆として参加した。聴きたかったのは、中曽根康弘氏の来賓挨拶と、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(1979年)の著者で、東アジアが専門のハーバード大学名誉教授、エズラ・ボーゲル氏の基調報告だった。そのボーゲル氏は現政権を「アマチュア」だと、政権をとるために「ポピュリズムに走ってバラマキをした」とはっきり述べた。同じようなことを私も主張しているが、世界的に認められている研究者が明言したことの重みと意義は大きい。

 シンポジウムでの最大の関心は鳩山首相が提唱している「東アジア共同体」構想。来賓挨拶の中曽根康弘さんは、鳩山首相の構想は言葉だけが先行していて、内容が全く不明確、はっきりとした説明が必要だ、と張りのある明瞭な口調で、言い直しや閊(つか)えるといった「言葉を噛む」ことも何らなくお話をされた。当日の朝刊で、個人事務所を閉鎖する、とあり、御歳91となる中曽根さんが何を仰るのか、どんなご様子なのか、興味があったが、シャッキッとして頭脳明晰、簡潔なスピーチで、終わればすぐ退場という見事な出所進退だった。ただ、さすがに足元だけは少々お歳のようで、壇上への二,三の段差では杖をつき、御付の方が手を添えていた。

 ボーゲル氏は最初に二言三言日本語で挨拶、その立派な日本語から想像するに日本語での講演も問題ない様子だが、今日は通訳がつきますので、と言って英語で話し始めた。100%かどうか、自信はないが、大切なところを紹介したい。

 氏が強調していたのは、アジアと欧州とは全く違うということ。これは、EU(欧州連合)をモデルにした、と考えられる「東アジア共同体」構想への批判と受けとめることもできる。欧州にはローマ文化、ローマ法といった共通の基盤があり、キリスト教での一体感もあり、大戦経験を経ての、経済的にも協力関係が重要との共通認識もある、さらに、面積や人口における国家間の差が、大きくても数倍でバランスがとれており、アジアのように途方もなく大きな国と小さな国が混在する状況ではない、と。また、東アジア諸国の協力関係強化に向けた会合や組織はすでに数多く存在し、今更というニュアンスの発言もあったような気がする。グローバル市場となったいま、東アジアといったローカルなものに限る必要もないのでは、とも述べていた。もちろん最後には、いろいろなコミュニケーションや経済的な往来などを通して、お互いの距離を縮め、協力の道筋を作ることは大切だ、とまとめてはいる。

 さすがボーゲル氏、多くの示唆に富む内容だ。最初に述べた、現政権に対する「アマチュア」「ポピュリズムに走った」との発言では、「ワシントンは忍耐が必要だ」としている。この他にも、これは中曽根さんも同様だが、「東アジア共同体」構想はどの国までを含めるのか、ということも仰っておられた。また、アメリカの立場や行動についても言及している。アメリカ人として日本の聴衆にしっかり説明したい、との意向だろう。イラクに対するアメリカの関わり、それは必ずしも賢明なやり方ではなかったが、そういった行動パターンは9・11の影響を抜きにしては理解できない、と。世界の平和と安全にとって最大の脅威であるテロに対して、アメリカは苦しいなかでも金を使い、尊い国民の人命をもかけている、と強調。これは、日本の現政権に向けて発信されたメッセージでもある。

 アメリカと対等に、との思いは理解できる。ならば、金も命も等しくでなければならない。ボーゲル氏はそう言っているのである。思いやり予算を仕分けで廃止・凍結にならないことを願うのみである。

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