船上で見た台湾の現状 (2008年07月04日)

 
 熱い!炎天下のタオルミーナ・ギリシャ野外劇場はさながらガスレンジ上の中華鍋。雲ひとつないシチリアの太陽は容赦なく照りつける。すり鉢状の底にあた る平土間席は、焼かれ、腰をおろした途端、ジューと音をたてんばかりだった。先週まで天候が悪く、快晴に恵まれた皆さんはラッキーですといわれても素直に 喜べない。

 『ウィーン・フィルと旅する地中海クルーズ』の案内が届いたのは昨年7月。即決で参加を決めた。音楽三昧(ざんまい)の船旅。世界初の企画と誘われては、後に引けない。

 船上は国際社会の縮図。ドイツ企業の運営なので、乗客はドイツ語圏からが圧倒的に多い。英語がほとんど聞かれないのは予想外だ。アジア系で目立つのは韓 国からのおばさん軍団。なぜか女性ばかりのグループが目立つ。ブランド品で全身を飾り闊歩(かっぽ)している。台湾からも八十数名参加者がいると聞いた が、実は香港、上海からも多く、すでに中台統一を呈している。思いがけない旧友との再会もあったが、台湾在住中国人の敵意に満ちた視線もしっかり浴びた。 目の前で「このテーブルは満員よ」とシャットアウトする。同席する気などゼロだが、この失礼な態度には呆然(ぼうぜん)となる。こんなオケージョン(状 況)でこの傍若無人。台湾はもうすでに中国人のおごり高ぶった支配が復活したと見受けられる。

 救いがないわけではない。「彼女を誘い寄せるには台湾語が一番」と2人の台湾人イケメンが声高に会話していた場面にまんまとひっかかった。ハニー・ト ラップに堕(お)ちるとは、修行が足りないと反省しきり。年配の女性は「今は神が台湾に与えた試練」と目に涙を浮かべ、切々と訴える。「台湾を見捨てない で」と。台湾の現状が目の前にあった。

 アイーダ・ディーヴァは大型だが豪華ではない。日本からのグループは57名。夫婦が多く、悠々自適の年配者が大半である。母娘2人組、若い女性2人、個 人参加がチラホラ。『ウィーン・フィルと同行』が売りだけあって、陸地でのコンサート4回。船内での小型演奏会も多く、それなりに充実したプログラムであ る。炎天下の野外コンサートばかりは酔狂で、ガーシュウィンの『サマー・タイム』、マリリン・モンロー主演『お熱いのがお好き』の主題歌ときては、ブラッ ク・ユーモアだ。エトナ山の日暮れを背景にギリシャ悲劇であれば、至福の時間が持てたであろうに。楽しいのは、ズービン・メータとのリハーサル。コンサー トでは取り澄ました面々が半ズボンにサンダルで現れ、リラックスした様子。天井のガラスドームからの陽のあたる場所にいたコントラ・バス奏者はサン・グラ スに野球帽。演奏パートが終わったフルートの3番手はひまを持て余して楽器を磨いている。メータが後ろを振り向き、スクリーンに映ったわが姿にギョッとし てみせる。奏者と聴衆との距離がない。わが「付き人」はファゴット奏者と17年ぶりの再会を果たした。札幌のパシフィック・ミュージック・フェスティバル で一緒に修行した仲間だったのだ。若手の音楽家を育てるためにレナード・バーンスタインが創立した札幌音楽祭は指揮者を変えて今も続いている。

 波にゆれ、音にゆれての船旅も終わりに近づき、4日は東京だ。アイーダ・ディーヴァ船上より。
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