同志社大学で講演 (2009年12月23日)

 

 16日水曜日は新潟、仕事での講演はここで今年最後です。新潟市近辺での講演はありましたが、市内は久しぶりです。新幹線で通る越後湯沢、10年ほど前に初めてここに来たとき、川端康成の「雪国」の風景、国境の長いトンネルを抜けると雪国であった、そのままが目の前に展開し、感動し、興奮したことを覚えています。あの感動をもう一度、とは思うものの、今回は雪ではありませんでした。日本海側は雪、という情報もあったのですが、好天とはいえないまでもまあまあの天気で、新幹線の遅れもなくスムースな往復となりました。講演も満席となっています。

 17日木曜日は京都、同志社大学でのボランティアの講演です。同志社といえば、京都市内にある素敵な雰囲気の伝統ある校舎、これは楽しみと思っていたらとんでもない、京田辺という京都市内からかなり離れたキャンパスでの講演でした。京都駅で降りてからさらに長い移動が必要です。ここはよくある郊外の新キャンパス、1,2年生が学んでいます。慶応大学でいえば、三田ではなく日吉キャンパスといったところ、早稲田には1,2年生だけというキャンパスはありませんが、やはり本庄キャンパスがあります。

 「天皇陛下御即位二十年学生奉祝式典」での講演ということでしたが、学校側からこのタイトルではダメと言われ、特別講演ということになったようです。企画・主催した2年生から依頼を受けたとき、300人集めますからぜひ、といわれて引き受けましたが、その言葉通りに300人の会場は満席、立ち見もでるほどでした。ただ、外部の一般の方々も多くおられたようで、話を聴いてほしいと思った学生は200人ほどだったようです。会場に入るときに出会った方は、大阪から来ました、とおっしゃっていました。

 講演前のこと、時間があるので週刊誌を読みたいと頼むと、生協には置いてない、テレビガイドといったものしかないとのこと、愕然としました。いまどきの大学生はまともな週刊誌など読まない、おそらく新聞も読んではいないのでしょう。こうしてだんだん衆愚となる、いまの世の中の体たらくはしかたないのだ、そんな考えに捉われました。しかし、講演に参加されたみなさんは、真剣に、集中して聴講し、講演後はわたしを囲んで熱心な質問をしようとする、とても真面目で向上心のある学生たちでした。少数なのかもしれませんが、こういった学生たちもいる、ということもあわせて知った今回のキャンパス訪問です。

 「私語はゆるしません」と始めた講演では、携帯かちゃかちゃピコピコといったバーチャルだけじゃダメ、ということを特に厳しく言っておきました。まともな雑誌、新聞、本をちゃんと読みなさい、と。勉強するということはどういことなのか、ということも。皇室のお話は最後のほうで少しだけ、大部分はいまの学生のあり方について真剣勝負で語りました。私語ひとつない会場の緊張感や、講演後に詰めかけた学生たちの顔つきから、わたしの言いたいことがしっかり伝わったことを実感しています。忙しい中、京都までは大変でしたが行ってよかったです。

 19日は西村眞悟後援会の「日本再生同志の会 全国総会」に参加しました。靖国会館でした。この会合にはめったに出ないのですが、先の総選挙で西村眞悟さんが落選し、こんな時こそエールを送りたいと、時間を何とか捻出し、ささやかな会費を持って出かけました。熱烈な西村眞悟フアンが遠くからも駆けつけ、会場はいっぱいの人でしたが、高齢者の殿方が目立ちます。それが少し残念です。西村さんは、人の当落よりも国が問題、というようなことをおっしゃっていましたが、西村さんの当落がやはり問題なのです。安全保障や外交問題をしっかりとした国家観と理念を持って主張する、そんな人に票が集まらない、というか票にならない、それがいまの日本の大問題です。拉致や尖閣諸島の問題に早くから、精力的に取り組み、安全保障のパイオニアとも言える西村さん、こういう方が票をとれない、国政から外れる、それが残念であり、日本の大きな問題だと考えています。会場でエールをお送りして戻りました。

 その後、早稲田の教え子が同期を集めて開いたパーティに合流しました。我が日台交流サロンが会場です。何十年ぶりに会った教え子、毎年来ている後輩、それに早稲田ではない人たちも集まって、夜遅くまでの賑やかな忘年会となりました。今日23日水曜日はアルカディア市ヶ谷で日本李登輝友の会「平成21年 日台共栄の夕べ」があり、講演する予定です。仕事での講演、地方出張などの今年の予定は全て終わりましたが、いろいろとあって、まだゆっくり年越しを待つとはなりません。

 今年のコラムはこれが最後です。いつもこのコラムをお読みいただきありがとうございます。来年もどうかよろしくお願いいたします。みなさまよいお年をお迎えください。 

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