台湾総統選挙 (2011年12月10日)

 

 台湾在住の友人が送ってくれる彼が見た台湾、今回は来年1月14日が投票日となる総統選挙の話でした。今回の選挙には大きな意味があり、台湾の将来を決する選挙と言っても過言ではありません。また、その結果は日本の将来にも大きな影響を及ぼすでしょう。とても分かりやすく解説されていますので、少し長文ですがぜひお読みください。
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臺灣通信(第五十七回)「女性総統誕生するか」 作成日:2011年12月8日

1. はじめに

 11月25日(金)、総統選挙と立法院選挙の候補者届出が締め切られました。今回は来年年初14日(土)のダブル選挙です。総統選挙は現職の馬英九候補と民進党の蔡英文候補の一騎打ちと思われていましたら、突然親民党の宋楚瑜が名乗りを上げてきました。立法院選挙の方は、総議席113名(選挙区79名;比例制34名)に対して候補者は選挙区285名、比例制127名が届け出ました。
 台湾では政界への女性進出は目覚しく、前副総統は女性呂秀蓮女史でしたが、女性総統はまだ居ませんでした。今回初めて女性候補が出現しました。
 台湾の選挙は「面白い」と言っては何ですが、大変複雑な要素が絡み合い、素人には中々分かり難い面があります。私は気付けば既に5年以上在住しておりますが、とてもこちらの選挙にコメント出来る程の見識を持っておりません。しかし、選挙の直前でもあり、「台湾通信」としてはやはりここは何か報告しなければいけないと思いました。もちろん、専門的なコメント、選挙結果の予測など出来る筈もありませんので、素人の聞きかじりを記すに止めます。

2. 選挙の仕組み
 総統選挙は各政党から推挙された、総統候補と副総統候補のペアで争われます。政党の推挙を受けられなかった人は無所属として、有権者の署名を一定数(有権者の1.5%、約26万名)集めて立候補できるという事です。今回の選挙では中国国民党から現職馬英九総統が行政院院長の呉敦義を副総統候補として立候補、民主進歩党から蔡英文主席と秘書長蘇嘉全のペアが立候補、親民党から宋楚瑜主席が台湾大学の教授林瑞雄Tを伴って立候補しました。
 立法院は日本の国会に相当しますが、選挙は小選挙区比例代表並立制で議員の定数は113で、選挙区は小選挙区73名と原住民枠6名です。この原住民枠は台湾独特のもので、山地原住民と平地原住民、それぞれ3名が選出されます。かつて靖国神社であばれた、あの高金素梅立法委員はこの原住民枠で選出されました。

3. 現在の勢力(前回の選挙結果)
 前回の選挙結果をおさらいしておきますと、総統選挙は2008年3月22日に行われ、国民党の馬英九と蕭万長の組が約766万票を得て圧勝し、対する民進党の謝長廷と蘇貞昌の組は僅か544万票しか取れませんでした。
 立法院の選挙は総統選挙の前哨戦として2008年1月12日に行われ、結果は国民党が81議席を獲得、大勝し、一方の民進党は27議席しか獲得できず、惨敗した。その後2010年に7議席(国民党6議席、民進党1議席)の補欠選挙が行われ、民進党が6議席、国民党が1議席と、補選では逆転した。2011年3月5日までに実施された補欠選挙後の勢力は与党73(国民党63、親民党8、新党2)、野党38(民進党33、無党団結連盟4、無所属1)といいます。
 前政権(陳水扁総統)は総統が民進党、国会(立法院)は国民党が絶対多数という、いわゆる「ねじれ」状態でしたが、現在は国民党が支配しています。

4. 今回の選挙の意義
 今回の選挙の争点はこの4年間の馬英九政権の評価でしょう。馬英九は2008年の選挙の際、対中国政策として「統一せず、独立せず、武力行使せず」を掲げ、内政では「633」(経済成長率6%、失業率3%以下、国民所得3万ドル)を約束しました。台湾の人々は中国の武力恫喝(ミサイル配備、反国家分裂法、軍備拡張)を恐れ、現状維持を望む人々が多数を占めていましたので、馬英九の対中政策を受け入れました。何故、台湾の多くの人々が「現状維持」を望むのでしょうか。台湾の国号は「中華民国」ですが、国連を脱退し、現在中華民国を承認する国は20カ国前後で、世界からは国として認められていないに等しい。台湾の多くの人々は独立国として世界から認められたいと思っていますが、投票行動としては「現状維持」となってしまいます。
 あなたの隣の部屋に質の良くない人がいて、銃(ミサイル)を向けながら、こっちに来いと呼びかけています(統一)。あなたがその部屋から外へ一歩でも出ようとする(独立)と銃を振りかざします。あなたは護身用の武器は多少持っていますが、とても隣室の人の銃にはかないません。その部屋にじっとしている分には今の所危害を加える様子はありません。あなたは何を望むのかと問われれば、心では逃げ出したい(独立)が、口では「現状維持」と答えるでしょう。
 しかし、総統に就任すると彼は急速に中国接近を開始しました。2008年11月、大陸から中国海峡両岸関係協会会長陳雲林が来た時、政府は国旗(青天白日満地紅旗)を街から一掃しました。さすがに五星紅旗を林立させる事はしませんでしたが、総統でありながら「さん」付けで呼ばれてもにこにこしていました。自ら国旗を隠すようでは、とても一国の長は務まりますまい。
 もし、今度の総統選挙で国民が馬英九を選択すれば、台湾の周辺国は台湾の民意としてその結果を認めざるを得ません。実態はともかく、形式的には民主的な手続きによって選挙が行われたのですから。
 また、「633」の約束はものの見事に空手形(「巴樂票」といいます)に終りました。当然蔡英文、宋楚瑜はこの点を衝きます。この4年間、台湾の新聞、テレビに何回「無能(総統)」という言葉が飛び交ったことでしょうか。日本人としては余り言えた義理ではないのですが・・・・。
 もう一つの焦点は女性総統が誕生するか否かです。蔡英文候補は55歳、独身、台湾大学(法学部)卒、コーネル大学(米国)ロースクールで法学修士、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで法学博士を取得と言う才媛。私は一度、間近でスピーチを拝聴したことがありますが、彼女のオーラに圧倒されました。

5. 選挙戦の状況
 総統選挙は前回(2008年)までは毎回3月中下旬に行われていましたが、今回は如何なる心算(中央選挙委員会の説明はコスト負担軽減が目的)か、1月の立法院選挙とのダブル選挙になりました。どうやら、これは国民党に有利なことのようです。
 前回の総統選挙で惨敗した民進党は、選挙直後から巻き返しを図るべく、その後の各種選挙を精力的に戦ってきました。特に昨年11月末の五都市市長選挙、市議会議員選挙では民進党が得票数を大幅に伸ばし、国民党を凌駕しました。更にその後行われた立法院の補欠選挙でも前述のように民進党候補が圧勝しました。民進党はその勢いを駆ってこのダブル選挙を戦っています。
 10月の中旬、面白い事がありました。蔡英文候補が台南で集会を開いた時、支持者の三つ子の孫が壇上に上り、子豚の貯金箱を蔡英文候補にプレゼントしました。2、3歳でしょうか、ピンクのワンピースの子供の、ほほえましい光景にみんなは感動しました。ところが数日後、監察院から民進党に警告の電話がかかり、未成年者には政治献金する資格がないので、この行為は違反であると。直ちに貯金箱は子供に帰されたが、おじいさんは孫を納得させ、別に3万元を献金しました。この監察院の杓子定規なやり方に対して、民進党は直ちにこれを逆手に取り、子豚の貯金箱を10万個作り、民進党支持者に小銭の献金を呼びかけました。これを「三隻小豬運動(三匹の子豚運動)」といい、台湾中に爆発的広がりをみせ、蔡英文候補の支持率は急増しました。なお、台湾では「猪」(ぶた)は「福」の象徴だそうです。
 また、馬英九陣営は「黄金十年」という政策を掲げ、大陸との「和平協議」を提唱したり、蔡英文候補の客家語が上手でないと批判したりして、緑陣営(民進党)の反感を買い、益々支持率を低下させました。それまでリードしていた世論調査の支持率が遂に並ぶまでになりました(両候補とも約4割弱)。この一連の出来事は、明らかに潮目の変化を見せたように思われます。
 支持率において大差がある宋楚瑜候補(約1割)が何故立候補したのでしょうか。どう考えても勝ち目はなさそうです。土壇場で、国民党と妥協を謀るのではないかとも考えられますが、どうやらダブル選挙の立法委員の親民党議席を増やすために、主席が総統選挙に立候補したようです。こちらの新聞は「母雞帶小雞」(母鷄が子供の鷄を引き連れている)と冷やかしています。馬英九候補も蔡英文候補も自分の選挙運動と共に立法委員の候補者の応援もしています。カルガモ親子ですね。

6. 気掛かり
 投票日まで後一ヶ月程度を残すのみ、先週末に3人の総統候補によるテレビ討論が行われ、今週末には副総統候補による討論が行われます。身贔屓な評ですが、女性総統誕生の可能性が高いように思われます。しかし、気がかりな点が色々あります。選挙は水物、何が起こるか最後まで気を抜けません。

●総統選挙の日(1月14日)と就任日(5月20日)との期間が問題です。今回は選挙から就任式まで約18週間126日もあります。従来はその半分でした。現総統の就任は2008年5月20日、任期は4年ですので、5月19日までが彼の任期です。馬英九総統が選ばれれば問題ないのでしょうが、もし蔡英文候補あるいは宋楚瑜候補が勝った場合は、彼あるいは彼女の就任は現総統の任期が切れた後でしょう。それまでの間は馬英九総統が権限を持っているはずです。
 危機管理の要諦はあらゆる可能性を否定しない事です。
 12月3日の自由時報によれば、12月15日に「台湾公平選挙国際委員会」が正式に発足するそうです。言わば国際監視団です。日本からも参加するようですが、果たして誰が・・・・。

●あまり褒められた事ではありませんが、台湾の選挙ではしばしば実弾(現金)が飛び交うと言うことです。色々な選挙の翌日、新聞に「買票」の相場が、1票千元とか、二千元とか報じられるのを見たことがあります。数日前の新聞は金門島では1票1万元との噂があると報じていました。国民党は莫大な資産を有するといわれ、いざと言う時は資金に物を言わせる、残念ながら明日の社会よりも目先の利の方がいゝと言う人も沢山居るようです。もっと心配なのは、本物の実弾が飛ぶのではないかと言う心配です。2004年の総統選挙の時、陳水扁総統候補と呂秀蓮副総統候補が台南を遊説中に狙撃されました。又昨年11月末に行われた新北市市議会議員選挙投票日の前日に銃撃事件がありました。この事件は政治目的ではなかったと言う説もありますが・・・・・。

●もう一つの心配は中国の選挙干渉です。現在中国大陸に進出している台湾の企業は台商と呼ばれ、100万人を越えているといいますが、これらの人々が今回の選挙のために台湾に戻ってくると思われますが、大きな票田です。中国がこれらの台商の帰国に際して何もしないだろうか。中国はかつて1996年の総統選挙の際、演習と称して台湾海峡にミサイルを撃ち込んで、台湾人の選挙行動に影響を与えようとし、2000年の総統選挙では朱鎔基首相が物凄い形相で台湾を恫喝しました。何れの時も台湾人は逆に結束を強め、大国の圧力を跳ね返しました。2004年以降の中国は、台湾の有権者を力でねじ伏せるのは得策でない事を悟ったのか、外交圧力、第三国を利用した干渉を行ってきました。
 今回心配なのは、台商が中国に有利な投票行動を取れば飴を、不利な行動を取れば大陸でのビジネスに対する鞭を与えると唆す事です。なんと言っても台商は大陸内に「質」(人、モノ、金)を置いているも同然ですから、陰に陽にやられれば堪ったものではありますまい。

7. おわりに
 先日、台日友好を促進しようと言う会合の席で、台湾の著名な文学者の方が一言、「これがラストチャンスだよ」と仰いました。この選挙で国民党が勝利すれば、中国への接近が一段と進み、民主的な選挙は二度と行われなくなるかもしれません。
 私は、台湾は我々と同じ価値観を共有する人々の集り(国)であること、台湾の(地理的)存在は我が国の生命線であること、昔いろいろな事があったにせよ、世界で最も日本に対して好意を抱いてくれていることを、よくよく考えてみるべきだと思います。今回のダブル選挙は、一方だけ勝ったのでは「ねじれ状態」になりますので、両方勝たねばなりません。我々日本人一人ひとりが台湾を良く理解する事によって、日本のしかるべき人々(政治家、企業家)に影響を与える事が出来ると信じております。

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