1度は行ってみたかったバリ島 (2014年01月10日)

 

 明けましておめでとうございます。年末年始はいかがお過ごしでしたでしょうか。わたくしは長旅となり、12月26日に出かけて1月5日に戻りました。出かける前日、25日の夜はサントリーホールでのエリアフ・インバル指揮による東京都交響楽団の第九に、いつもお誘いくださる方と、翌日出発だというのに出かけています。毎年の恒例なので。

 26日午後3時過ぎ羽田発チャイナエアラインで台北へ、到着が6時頃なので台北でゆっくりの夕食がいただけます。これが最大の喜び。これ以上遅いとゆっくりの夕食とはいきません。6時半に、JET日本語学校卒業生で今回のスイーツフェアでいろいろお世話になった若者とホテルで待ち合せてゴールデントップスというレストランへ行きました。美味しいフカヒレがあります。ただ値段が半端ではありません。二人だけだからこその選択です。翌日はこの若者も含めて、スイーツフェアでお世話になった人たちみなさんにお食事を差し上げました。秀蘭、大好きな上海料理店です。

 この台北は途中立ち寄りで、最終地点はバリ島、28日早朝の便に乗り込みました。チャイナエアラインは1日1往復なので選択の余地はなく、苦手な早朝発でもしかたありません。バリでは息子家族と合流しました。昨年オーストラリアに赴任した息子から誘われ、1度は行きたいバリ島だったので、この際だから、と行くことにしたのです。

 台北からは5時間ぐらい、数年前に行ったカンボジアも同様ですが、バリ島は入国にも出国にもお金が必要となります。入国時は空港でビザをドルで購入し、出国時は空港税を現地通貨ルピアで支払います。カンボジアで経験済みなので驚きはしませんが、ホテルからのオファーにはちょっとびっくり、1人50ドル、つまり倍払えば快速入国ができる、というのです。息子に言わせると「地獄の沙汰も金次第」、まさにその通り、待たされるのは嫌いですから喜んでそれに乗りました。バリに少々のお金を落とす、ということであれば抵抗はありません。おかげで大行列を尻目に横の口からスッと入って、世話をしてくれる若者にパスポートを渡してあとはお任せ、少し待ってからスイスイスイと入国しホテルからの迎えの車に乗り込みました。

 大変だったのはそれからです。ホテルの案内では空港からホテルまで車で30分とありましたが、ゆうに2時間かかりました。交通の大渋滞、道は悪いは、片道1車線だは、信号は無いは、車が突進してくるのに信号無しでいったいどうやって交差したのかよく分かりません。年末年始だから、とも思ったのですが、日本に戻ってから我がスタッフに訊いたら、25年前にバリ島に行ったときも同じだった、とのこと、つまり25年経っても何も改善もされていないのです。しかも丁度雨期、雨は降るは、風は強いはの悪天候、サラリーマンである息子はこの時期しか休みがとれず選択の余地はないのですが、散々の思いでした。

140110a.jpg 世界遺産バリ島の棚田

 呆れてのホテル到着、そこで息子家族と合流です。息子はせっかく来たんだから毎日どこかへ行きたい、私はホテルで毎日ゆっくりしたい、結局息子に無理やり引っ張り出されました。修行だ、とか息子に言われて。世界遺産の棚田は一見の価値があったものの、それ以外は時間をかけて出かけるほどのことはありません。断崖絶壁の上に建つ寺院、といってもどこに寺院があるのか分からないし、猿がいっぱいいて、孫がメガネをひったくられたり。息子が注意していたにもかかわらず顔から外さなかったので持って行かれてしまいました。どうなるやら、と思っていると、慣れた現地の人がお菓子を見せて、猿が両手で受け取るように与えるのでポロッとメガネを落とす、それで取り返します。これで現地の人はチップをもらう、こうして観光客からお金を巻き上げる、心得たものです。

 バリ島のダンスを嫁が観たい、ということだったのですが満席で切符が買えず、隙間からひょいと眺めました。ヒンズー教の神様は色彩豊か、と思っていましたが、寺院はむしろわびさびの世界、しっとりと落ち着いた感じでした。これはひとつの発見です。

 空港まで30分というホテルの案内書に反して、空港まで3時間はみておいてほしい、用心のために、などとホテルに言われたり、お風呂のお湯がぬるかったり、いろいろとありました。とても立派なホテルではありましたが、お湯がぬるい、気候が悪いこともあって熱いお風呂に入りたいのに、言っても直らない。ついには日本人のゲストリレーションに、熱いお湯を提供するのはホテルの基本でしょ、だからお湯と水の2つの蛇口があって熱さを調整できるようになっているんでしょ、と詰め寄って、最終的には支配人にも言って、3日目にやっと直りました。一流中の一流ホテルで熱いお湯が出ないなんて、しかも一度言っただけではダメで、上の人に言ってやっと直る、全てがゆるいんです。そのゆるさがいい、っていう人も当然いるのですが。

 まあ、そのゆるさが良かったこともありました。タクシーでの移動の際、息子家族とわたくしとで6人、当然2台必要なのですが、運転手は「大丈夫、大丈夫、家族なら大丈夫、子どもだから大丈夫」と大丈夫を連発、おかげで1台で済みました。2台になって、到着地がばらばらになってしまうのも困るので、このゆるさは唯一のプラスとなりました。もちろんチップを弾んで。その他のゆるさは、普段規則正しい生活をしている我々には耐えられません。

 食事も不味い。だいたい南のお魚って美味しくない、肉だっていいものがありません。レギャンというホテルでしたが、朝食のレベルは高いものの、夜も朝食レベルとほとんど変わりなく、夕食らしい夕食とは言えず、結局食事もダメということに。

 ということで、一度は行ってみたいバリ島でしたが、二度は行きたくありません。1月2日に台北に戻りましたが、やはり文明国はいいです。民度が高いというか、秩序があるというか、全てが把握できる国は素晴らしい。到着したのは台北市街から少し離れた桃園空港、夜遅いこともありますが、車はちゃんと動くし、スムースだし、みんなが交通秩序を守っています。バリのように、車がどこから割り込んでくるか分からない、雲霞のようなバイク群が迫ってくる、ハノイでも経験したそんなトラフィックのカオスの国にはもう行きたくありません。行かない、と決めました。

140110b.jpg 台北アンバサダーホテルで北京ダックを

 2日から5日まで台北で娘家族と過ごしました。息子家族にも娘家族にも公平に、両方に付き合って、母親も楽ではありません。3日は孫娘たちが好きな北京ダックを、アンバサダーホテルで2羽も注文して、友人や事務所スタッフの家族も一緒に賑やかにいただきました。5日の羽田行は午後6時頃の発、チャイナエアラインなので午後の適当な便がありません。娘家族は早朝の便で帰ったので、1人で東門市場に買出しに行って午前中はつぶれたものの、午後からやることがなく時間を持て余して、とても苦痛でした。やはり午後3時ぐらいの便がいいようです。

 日本とは1時間時差があるので、羽田到着は午後10時ごろ、帰国ラッシュで大混雑でした。ラッキーなことに、わたくしのホームドクターが同じ便だったので、車で送っていただくことになりました。ところが、わたくしの荷物はすぐ出てきたものの、ドクターの荷物がなかなか出てこないで、だいぶ待つことになってしまいました。でもお迎えいただいた奥様の車で我家までお送りいただき、年末年始の長旅も無事終了となりました。

 6日に事務所をオープンして、翌7日にたかじんさんがすでに亡くなったとの電話が入りました。それからは取材取材の大騒動です。このことは新聞やテレビでご覧ください。

 年賀状をありがとうございます。心からお礼申し上げます。形式的な年賀状はもう10年以上お出ししておりません。ここで新年のご挨拶を申し上げます。今年1年が良い年になりますように祈願しております。

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